今年は桜の開花が早いですね。
昨年京都に行った時の写真を
動画に繋げました。
新月、心をスッキリさせて
新しい気持ちでスタートさせるのに
良い日ですね。
亀井弘喜さんがアランさんの
「許す」ことについて
ご紹介されていたので、
一部抜粋させていただきます。
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”本当に許すというのは
多くの人にとって大変
困難なことで、
それは許すことの
本当の意味を私たちが
理解していないからである。
私たちが教えられた「許す」
という行為は
誰かが私たちにした
ひどいことを見逃したり
大目にみたり
裁かずに解放したり
することを指します。
しかし、私たちが
被害者意識を持ったまま
許したり
許すことの恩恵を
感じたりするのは難しい
いや不可能に近いことでは
ないでしょうか。
アメリカの古いことわざに
こうあります。
”手斧は地中に埋めたが、
どこに埋めたかは
しっかり覚えている”
本当の許しは
私たちがそこから得た経験を
再構築し
自分はある人または
ある状況の被害者ではない
ということを認識することが
できたときのみ
その効果を生じます。
つまり、私たちの身に
起こった不幸は、事実としては
起こっていないということです。
それは事実というより
私たちの解釈の仕方だったのです。
私たちは自分の人生に
責任を持ち
誰も私たちの許可なしに
わたしたちを傷つけることは
出来ないことを認識したとき
自由になります。
また、すべての出来事の裏側に
祝福を見つけることが出来たら、
私たちはさらに自由を得ることが
出来ます。
そのとき、私たちの敵は
自由への旅の協力者と
なるのです。
そして私たちは
その人が「しなかった」ことを
許すことができるのだと。”
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許せない心は
自分自身を縛り付け
苦しめますね。
もしも許せないことがあったら、
大きな節目のこのとき、
手放して本当に自由になることを
選択するのも、
良いのかもしれません。
どうしてこのようなことが
起こっているのか
理解することが出来たとき、
心の自由が手に入るのですね。
新月の夜に。。。